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第364回 貧乏国だった日本が金持ち国に変貌
いま私たちがアジアの国々を訪れると、
日本がいかに経済的に豊かな国であるかを
実感しますが、今から50年ほど前になる
昭和30年頃の日本は国際的には劣等国でした。
現在、多摩大学の先生をしておられる
日下公人さんは、昭和5年生まれで、
昭和26年に東大経済学部に入学されています。
この日下さんが昭和56年に発行された
『日本経済“やる気”の研究』という本で
貧しかった昭和30年前後のことについて
次のように書いておられます。
「さてその頃、大学の経済学部で
日本経済論を教える立場にあった人たちは
日本経済のそうした状況を何と言って教えたかを
振り返ってみると
第一に、日本は資源に乏しい国だから、と教えた。
第二に、日本は多過ぎるからだと教えた。
第三に、日本は中小企業が多すぎて、
近代的大企業が少ないから、とも教えた。
第四には、日本は島国で、島国根性とか義理人情とかが
その他半封建的な人間関係が多くて、
それが近代的であるべき企業経営の中まで
入ってくるからと教えた。
第五に、資本蓄積が不足で、そのため最新鋭の
巨大技術の導入が困難である、とも教えた。
第六には、日本は技術的後進国との指摘当分
追いつきは困難であるとの指摘も多かった。
以上に付随して、日本では子供の頃、
『漢字』を覚えるのに精力を消耗して
勉強が進まないから漢字は制限または全廃して
カナ書きか、ローマ字書きか、または
英語を日本の国語にすべきだと本気で
説く人もいた。」
(『日本経済“やる気”の研究』昭和56年)
この文章を読んで、私は自分が小学校で
受けていたのと同じ性質の説明が
大学でも行われていたことを知りました。
つまりこの頃、日本は、置かれた条件から
経済発展を期待は無理だということが
学校の先生によって説明されていたわけです。
ところが、なぜか、日本の経済は発展し、
昭和53年なると日本の一人当たり国民所得は
9000ドルになって、アメリカやフランス
と肩を並べるようになり、日本経済は
世界のトップに位置づけられるようになりました。
貧乏国とされていた日本が金持ち国になったわけです。
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執筆者:戸田敦也(2006年08月13日)
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邱永漢思想研究家。経営コンサルタント。問題解決・意思決定の研修講師。昭和18年3月生まれ。昭和40年、東京大学経済学部卒業。同年、八幡製鉄(現新日鉄)入社。平成6年、新日鉄部長を経て、研修業に転じ、現職。以来、邱永漢作品のエッセンス本『原則がわかれば生き残れる』、『アジアの曙』、『生きざまの探求』、『新・メシの食える経済学』(以上、グラフ社)を編集、解説。平成13年『あなたも賢者になれるー私は邱永漢さんの知恵を借りた』(グラフ社)を刊行。邱永漢思想の探求をライフワークとし、その一環として、各地でセミナーを開催。「株式投資の原則」などの通信セミナーも実施。
■戸田敦也さんへのメールはこちらまで: todaatsunari@gmail.com

