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第50回 新しい事業づくりの体験が役立っています
私は高度成長のさなかにあった
昭和40年に22歳で八幡製鉄(今の新日鐵)
という会社に入社し、49歳まで27年間、
この会社で仕事をしました。
入社し、半年ばかり福岡県の八幡製鉄所で
現場研修を受けたあと、大阪府の堺製鐵所、
八幡製鉄所、東京の本社、千葉県の君津製鐵所と
40歳まで、製鉄事業にかかわる仕事をしてきました。
その間に製鉄事業を取り巻く環境が変わり、
製鉄事業の成長のかげりが見えてきて
土木とか建築などの技術をベースとして
設立されていた新規事業部門で
仕事をするようになりました。
それから2,3年たち、43歳になったとき
八幡製鉄所で赴任するようになりました。
自分としては三度目の赴任でしたが、
勤務場所は製鉄所であっても
私が従事する仕事は製鉄事業ではなく、
製鉄所の周辺にできた遊休化した土地を
使うなりして、新しい生み出す仕事でした。
この仕事が7年ばかり続きました。
精神的には苦しいばかりの連続でしたが、
新しい事業をつくりだすという体験ができました。
もともと、会社の看板を外しても仕事ができるように
なりたいと思っていましたが、これなら
会社を離れても生きていけるのではと考え、
50歳になるとき、会社をやめ、
研修講師の仕事につくようになりました。
以来、この仕事を12年ばかり続け
いま62歳になっていますが
これまでの自分の生活を振り返って
製鉄会社に勤めていたとき
新しい事業をつくりだす体験をしたことが
役に立っていると思っています。
執筆者:戸田敦也(2005年10月03日)
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邱永漢思想研究家。経営コンサルタント。問題解決・意思決定の研修講師。昭和18年3月生まれ。昭和40年、東京大学経済学部卒業。同年、八幡製鉄(現新日鉄)入社。平成6年、新日鉄部長を経て、研修業に転じ、現職。以来、邱永漢作品のエッセンス本『原則がわかれば生き残れる』、『アジアの曙』、『生きざまの探求』、『新・メシの食える経済学』(以上、グラフ社)を編集、解説。平成13年『あなたも賢者になれるー私は邱永漢さんの知恵を借りた』(グラフ社)を刊行。邱永漢思想の探求をライフワークとし、その一環として、各地でセミナーを開催。「株式投資の原則」などの通信セミナーも実施。
■戸田敦也さんへのメールはこちらまで: todaatsunari@gmail.com

