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第21回 賢者の考えは決断の拠り所になります

私に、セミナーを開くキッカケを
与えてくれた青年は
上海に移住する道を選びましたが、
彼は横浜に本社のある会社に勤め、
住まいも横浜でした。

この青年が翌日、上海に向かう
とうかがっていた日、
私は横浜の駅を通過し、
「いよいよ明日が上海に飛び出す日だな」
と思わず空を見上げました。

そして、青年は、時間をかけて、
これからの仕事について考え続けてきたので、
まずは、中国人に日本語を教えるという
当座の目標を早く達成するとともに、
この仕事を通して、今後を託せる
仕事を見つけてほしいと思いました。

そんなことを考えた日の夜、自宅に帰ると、
玄関に一通の手紙が置かれていました。
見覚えのある字だけど、誰かなあと思って
確かめたら、この青年からのものでした。

青年は仕事の引継ぎに忙殺され、
挨拶しないままに飛び出すことを
申し訳なく思うと書く一方、
私から「自分の人生は自分で開くものだ」
と聞かされていたので、今回の行動を
決めることができたと書いていました。

「自分の道は自分で選ぶ」
ということは、私が43歳ころに出版された
邱永漢さんの『若気の至りも四十迄』
という本に書かれていたことです。

私自身が、邱さんのこの主張に
共鳴しているので、若い人たちに
その考えを語ったわけですが、
自分が賢者から学んだことが、
次代を背負う若い人が
ここ一番と言うときの判断の
よりどころになったようで、
嬉しいことだと思いました。

執筆者:戸田敦也(2005年09月04日)

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■戸田 敦也 (とだ・あつなり)
toda.jpg 邱永漢思想研究家。経営コンサルタント。問題解決・意思決定の研修講師。昭和18年3月生まれ。昭和40年、東京大学経済学部卒業。同年、八幡製鉄(現新日鉄)入社。平成6年、新日鉄部長を経て、研修業に転じ、現職。以来、邱永漢作品のエッセンス本『原則がわかれば生き残れる』、『アジアの曙』、『生きざまの探求』、『新・メシの食える経済学』(以上、グラフ社)を編集、解説。平成13年『あなたも賢者になれるー私は邱永漢さんの知恵を借りた』(グラフ社)を刊行。邱永漢思想の探求をライフワークとし、その一環として、各地でセミナーを開催。「株式投資の原則」などの通信セミナーも実施。

■戸田敦也さんへのメールはこちらまで: todaatsunari@gmail.com