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第74回 会社拝見 ④ ~雪印乳業株式会社~ その2

「5.酪農に依存する特殊性
   現在、乳業株として上場されているのは、ご承知のとおり、
   明治乳業、森永乳業、雪印乳業の三社である。、
   従来、乳業株が人気的にっさえなかったのは、
   一つには牛乳の消費が国民生活とあまりにも密着しすぎていて、
   販売価格を政策的におさえられるので、企業的に妙味がなかったこと、
   もう一つには牛乳の供給者である群小酪農とこれまた密接な関係がありすぎて、
   購入価格をおさえようとする手前、派手な決算ができなかったことが、
   原因になっている。
   実際に金が儲かっても、利益面を極力おさえなければならないという、
   嬉しいような悲しいような、公共的性格を持っているのである。
   このため、乳業株は派手に動くことができなかったが、
   それは金が儲からないということではなくて、
   金が儲かっても表面利益に計上することができず、
   その証拠にかくし場に困って、選挙違反に問われた経営者も出たほどである。


6.成長株の前頭十八枚目
   それは余談だが、こうした公共的性格のために、
   とにかく忘れられがちであった乳業株が、
   ここへきてようやく再認識される段階になってきた。
   乳業三社の株価はいずれも、本年初めの安値から倍前後になっており、
   なかでも雪印乳業は四月十二日の五十円から
   昨今は百三、四十円台まで実に三倍近い上昇ぶりである。

   これは雪印乳業の実力が再認識されつつあることにほかならないが、
   逆に言えば、雪印乳業が従来実力以下に評価されていたということであろう。
   上昇したといっても、百三、四十円台は成長株の株価としては
   おそらく最低のものであり、、雪印乳業が安定成長株として、
   すこしずつ見なおしされて行くのは、むしろ、これからであろう。


7.雪印の苦悩時代
   雪印乳業の前進は最初、大正十四年に黒沢西蔵という人によって創始された
   製酪販売組合である。
   北海道の地に誕生したので、翌年には雪印のマークをつけたバターが売り出され、
   それが昭和十六年の企業整備で、森永、明治と合併させられて、
   北海道興農公社と称された。
   戦後はじめて株式組織となり、北海道酪農協同株式会社と名乗るようになったが、
   昭和二十五年、北海道バター株式会社とクローバー株式会社に
   分離させられてしまった。
   北海道バターがクローバーをふたたび吸収合併して、
   現在の雪印乳業になったのは一昨三十三年の十一月である。
   雪印のバターが滞貨の山に悩み、資金的に苦しんだのは、
   この合併の前後である。


8.雪印の苦悩時代
   なぜ悩んだかというと、雪印乳業の営業報告書を開いて、
   株主の総数をにらんでみれば、すぐわかることである。
   今年の三月決算期における株主総数がなんと五万五千八百四十七名、
   上場会社の全部を通じて資本金に比例してこれだけ株主数の多い会社は
   他に類例がないのではあるまいか。

   これは雪印のそもそものはじまりが酪農の販売組合であり、
   株主が組合員、すなわち原料供給者によって構成されているからにほかならない。
   現在でも農協の組合員が全株式の六割を所有しており、
   したがって会社側の利益が農民の利益といちじるしく相反することは
   一応避けられている。
   この意味では雪印乳業こそは証券民主化のパイオニアであるということができる。

   しかし、このことは同時に、会社が供給者である酪農の利益を
   守らなければならないことを意味する。
   たとえば、バターやチーズがいちじるしい生産過剰におちいっている場合でも、
   会社は牛乳の買上げを制限することはできず、
   買上げ価格を冷酷にひきさげることもできない。
   しぜん、滞貨と資金ぐりの両面で悩むことになる。
   つい二、三期前までの雪印乳業がまさにそういう状態におかれていた。
   北海道に地盤をおく雪印がわざわざ東京にも本社をおくようになったのは、
   消費先の主力が東京であることも原因しているが、
   金融関係をよくしようとする配慮からでもあったろう。


9.年一回の大総会
   ついでに申せば、五万五千人の株主による株主総会は
   一大偉観だそうである。
   ふつう株主総会といえば、あらかじめ議案を印刷物にして
   株主に配っておき、総会当日には議長である社長がそれを読あげ、
   「異議はございませんか?」「異議なし」と、
   それこそ十五分で終了してしまう。
   ところが、雪印乳業の総会は札幌市の市民会館を借りきって
   千人からの株主が集まる。
   佐藤貢社長から営業報告が行われるほか、
   総会後に懇談会がひらかれ、約三時間もつづくのである。
   雪印乳業の決算期が年一回になっているのは、
   夏場と冬場で乳製品の売上に波があることもさりながら、
   これだけの株主に通知を出したり、配当金を支払ったりするのに
   莫大な費用がかかるからであろう。
   雪印が他の乳業株に比して株価的に割り負けしている理由の一つが
   この年一回決算である。」


金が儲かっても、利益面を極力おさえなければならないという
公共的性格を持っていて、かつ、農協の組合員が全株式の六割を所有している所は
めずらしい企業でもあります。
めずらしい企業であっても、戦後、食生活に変化にうまく相乗りした所に、
この会社の真骨頂があったと考えています。
振返ってみますと、小学校の四年生までは、学校で脱脂粉乳を飲んでいましたが、
小学校の五年生からは、牛乳を飲むようになりました。
とても嬉しかったことを覚えています。
あの脱脂粉乳のまずい味は、しっかりと記憶しています。
私の世代というのは、貧乏な時代と成長していく時代の両方を
見て来た世代でもあります。

上の文章に出ているように、雪印乳業は
株主総数が五万五千八百四十七名で、
農協の組合員が全株式の六割を所有している
特殊性のある会社です。
因みにインターネットで、代表的な日本企業の株主構成をみると、
次のようになっています。

■トヨタ自動車
【株主】  [単]335516名<06.3> 万株
自社(自己株口) 36,824 (10.2)
日本トラスティ信託 30,414 (8.4)
日本マスター信託 21,520 (5.9)
豊田自動織機 20,002 (5.5)
日本生命保険 13,257 (3.6)
ヒーロー&カンパニー 12,352 (3.4)
ステート・ストリート・バンク&トラスト 11,618 (3.2)
資産管理サービス信 10,169 (2.8)
東京海上日動火災 8,382 (2.3)
三井住友海上火災 6,516 (1.8)
<外国>26.5% <浮動株>5.0%
<投信>3.3% <特定株>47.8%

■新日本製鐵
【株主】  [単]419967名<06.3> 万株
日本トラスティ信託 48,544 (7.1)
日本マスター信託 36,935 (5.4)
ステート・ストリート・バンク&トラスト 33,030 (4.8)
日本生命保険 20,092 (2.9)
資産管理サービス信 19,824 (2.9)
みずほコーポ銀行 18,260 (2.6)
自社(自己株口) 15,867 (2.3)
明治安田生命保険 14,117 (2.0)
三菱東京UFJ銀行 13,463 (1.9)
住友金属工業 12,351 (1.8)
<外国>21.1% <浮動株>23.1%
<投信>4.0% <特定株>34.1%

■(株)東芝
【株主】  [単]354341名<06.3> 万株
日本マスター信託口 19,808 (6.1)
チェース(ロンドン) 13,773 (4.2)
日本トラスティ信託口 12,938 (4.0)
第一生命保険 10,875 (3.3)
日本生命保険 10,254 (3.1)
日本トラスティ信託口4 5,823 (1.8)
自社持株会 5,379 (1.6)
三井住友銀行 5,000 (1.5)
日本興亜損害保険 4,630 (1.4)
三井住友海上火災 3,695 (1.1)
<外国>22.0% <浮動株>33.3%
<投信>3.0% <特定株>28.8%

注目すべきは外国人比率でしょう。
いずれも20%台になっています。
国際化時代の様相を如実に表していると言えます。
昨今は三角合併が話題になっていますから、
企業防衛で、企業も神経を使う所です。



1954年生れ。52歳。
九州の高校を卒業して
すぐ某建設機械メーカーに入社。
それ以降、現在に至る。
サラリーマン生活のかたわら投資活動を実施。
貧乏旅行を好む。

■虹原太助へのメールはこちらまで → nizihara2000@yahoo.co.jp

執筆者:虹原太助(2007年05月20日)