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第33回 実務手帖のおいしい店を食歩くの巻 伊勢志摩編

花見の続きです。
大阪造幣局の通りぬけは、4月の中旬頃に
一般公開されます。
しばらく行っていませんでしたが
久しぶりに、陽気に誘われて行ってみました。

この季節になると、善男善女がくりだします。
何年前からか、中国語でのマイク放送が流れています。
中国と日本の名花が美を競い合っているようでも
あります。
「楊貴妃」という名前もあり、ひとときを和ませてくれます。
この日は風が少しあって、花吹雪に一瞬、どよめきが
起りました。

中国からの観光客も来ており、ホテルでコーヒーを
飲んででいると、先程の観光客と遭遇しました。
ここで宿泊する様子だった。
けっして安くはないであろう宿泊費にもかかわらず、
泊まっていくのだから、豊になってきた人達の一団だ。
時代の流れを感じざるを得ない。

しばし日をあけて、吉野に到着。
もう花もあらかた散った後だった。
数年前に行った時は、早すぎて、まだ咲いていなかた。
どうもタイミングが悪い。
しかたがないので、山手の方に向かうことにした。
バスは出ているようだが、順番待ちだ。
待っている人が多いので歩くことにした。

歩きながら茶屋で一服。
茶屋のおばあさんが、
「ここ吉野は、冬はとても寒いよ。」
と言っていました。
また足を鍛えているから、まだまだ元気で
おられるとも言っていました。
帰りに茹でたぜんまいをお土産にくれました。
茶屋の近くには、花が散らずに、まだ少しだけ
名残を残していました。

吉野には、おいしい店がないのは判っていたので
志摩の「ラ・メール」で夕食と宿泊を予約していました。
吉野から近鉄電車で約3時間30分で賢島駅に到着。
新緑が目に眩しい。
また、すがすがしい緑だ。
ここのレストランは「志摩観光ホテル」の中にありました。
実務手帖には
「有名な高橋忠之の自分流海の幸料理は
ここからはじまった。
ご本人は第一線から退いた。」
とあります。

いつの日か、海辺を見ながら、おいしいフランス料理を
食したいと思っていたので満足だ。
値段は高い。また来るかどうか分からないので、
一番いいメニューを注文した。
「一番おいしい料理なのですね。」と念を押したら、
特別のメニューを持ってきた。
よっぽどでないかぎり用意しないメニューだそうだ。
財布は薄かったが注文した。
「鮑は今が旬で、おいしいですよ。」
と言われた。なるほど、美味だった。
ワインはフランス産を持って来てくれた。
その日、一泊。

翌日は英虞湾を船で一周した。
青春時代に「合歓(ねむ)の里」に遊びに来て、
船に乗ったことがあるが、それ以来だ。
過去った青春時代に思いを馳せながら
ここ伊勢志摩を後にしました。




1954年生れ。51歳。
九州の高校を卒業して
すぐ某建設機械メーカーに入社。
それ以降、現在に至る。
サラリーマン生活のかたわら投資活動を実施。
貧乏旅行を好む。

■虹原太助へのメールはこちらまで → nizihara2000@yahoo.co.jp

執筆者:虹原太助(2006年08月13日)